喜劇王チャップリンがハノイを歩いた日。1936年の訪問で見つけた「近代化」との皮肉な距離

今から約90年前の1936年4月、映画『モダン・タイムス』の公開直後にチャールズ・チャップリンはベトナムのハノイを訪れました。産業社会の非人間的な側面に警鐘を鳴らした同作を世に送り出した彼は、当時急速に近代化が進んでいたハノイの街で、奇妙な対比を目の当たりにすることになります。

当時のチャップリン一行は、船でサイゴン(現ホーチミン)に入り、ダラットやダナンを経てハノイへ到着しました。彼が宿泊したのは、現在も歴史的ランドマークとして知られるメトロポール・ホテルです。当時のハノイには、映画館や電車といった近代文明の象徴が広まりつつありましたが、チャップリンが描いたような大規模な工場や機械化された労働現場は、まだ存在しない時代でした。 現地の人々は、彼のキャラクターである「放浪者(The Tramp)」を「サック・ロー(Charlot)」と呼び、熱烈に歓迎しました。ハノイで作家のタック・ラム氏と対談した際、チャップリンが映画の中で労働者が機械に追い詰められる苦境を説明すると、ラム氏は「私たちの国には工場も機械もありませんよ」と返したといいます。このやり取りは、当時のチャップリンが抱えていた「産業の発展がもたらす悲劇」という懸念と、発展途上のハノイという、交わるはずのない二つの世界の距離を浮き彫りにしました。

映画の収益で悠々自適の旅を楽しんでいたチャップリン自身が、皮肉にもその「産業社会のシステム」によって生み出された富で、皮肉にもまだ機械化されていない穏やかな街を観光していたのです。ハノイで「とても平和だ」と語ったチャップリンが見たのは、後の世界が経験する過酷な近代化の影が落ちる前の、束の間の静寂でした。













